人肌が恋しかった
ただそれだけだと言えば話は早いが
どうやらこの国も快楽には正直らしいのが面白い。
女が子供を産まない。木が子供を産むらしい。なのにこういうことはなくならないらしい。







「どうした?」
「んー」
「凄い声だな」
「誰のせい?」
「ははは。すまんすまん」
「腰が痛いわ」
「…」
「何?」
「お前、胎果か?」
「それが?」
「そんな気がしただけだ。」
「あなたも一緒じゃないの?」
「なんでだ」
「そんな気がしただけ」








一晩床を一緒にした男と共にまだ布団にはいっているというのは滑稽だが
この逞しい腕に抱かれていたら別になんでも良くなってしまう。
男の胸に顔を埋めて瞳を閉じる。









「…ねぇ」
「なんだ」
「このまま寝ていい?」
「ああ。好きにしろ」
「寝て目が覚めたらあなたはいないでしょうね」
「…」
「ねぇ。名前教えて」
「尚隆。小松尚隆」
「ふふふ。こっちの名前は教えてくれないのね」
「尚隆でいい」
「じゃあ私は。」
…か」
「忘れないで。私は…よ…」
「?」
「すー…すー…」
「眠った…か」























巧州国の白雉が鳴いた。
塙王即位を意味していた。


























王は瞳に昼を髪に夜を纏った女だった。
民たちはそのことを歌にする。






夜は彼女の髪に降り
昼は彼女の瞳に降りる

纏うものは民と同じ
しかし威光はこの世界を包む

鈴のような声

朗々としゃべる姿は父のようで
民のことを考える姿は母のようで

微笑む姿は少女のよう









と民は口々に歌った。







巧州国の王 塙王 蒼玄  
という年若い海客であった。















蒼き空 悠久の夜 01
















「驚いたな」と陽子がある書物を見ながらぼそりという。ちらりとそれを覗き込むと巧州国と いう文字が目に入ったので「塙王が即位されたらしいわね」と鈴は言った。
塙王が倒れて十数年がたっていた。楽俊が自国の衰退に心を痛めていたのはつい最近のことだ からきっと喜んでいるだろうと陽子が続ける。


「で、何がそんなに驚いたの?」
「祥瓊。これを見てくれ」
「…何これ」
「浩瀚に頼んで塙王の初勅と改正法を手に入れてもらったのでけれども」
「陽子と一緒で海客でしょ」
「ああ」
「わ…なにこれ?」
「すごいだろ。」
「海客というのは変わっているのね」
「麒麟失道の際は冢宰と六官、禁軍三将軍を宰輔を頂点とした組織に移行させ、速やかに王を 登遐する事。前例もある故皆皆新王登極まで妖魔や飢饉ね疫病から民を守ること。民は新田開 墾の場合半分を自己のものとできる半地法を発布する。…何これ」
「官ノ心得なんて云うのもある」
「官ハ民ニ育テラレタ事ヲ忘ルルコトナカレ。公ハ民ノタメニアリ。行イハ民ノタメにナルコ ト及ビ天帝ノ理ヲ守ル事。決シテ王ヤ私腹ノ為ニ動くクベカラズ…?」
「慶麒が見たら怒鳴りそうだな」
「王より民を上に置く王なんて…」
「どんな人なのかしら?」
「楽俊曰く目に空を髪に夜を携える女王と民が歌っていたといっていたな」
「?」
「玄の髪と蒼色の瞳らしい。塙麟は見た目12歳くらいらしい」
「へぇ」
「登極して数年…即位の前に初勅とこれを出したらしいが。」
「即位の儀まで長かったわね」
「なんでも統治を優先させたらしいな」
「即位の儀はいつ?」
「来月らしいが…行っていいのだろうか?」
「あら、招待されてるでしょ?」
「ああ。自筆で隣国だから是非にと送ってこられてな。」
「行ってくればいいじゃない。」
「…数年前の自分と比べると、行きにくいな」
「昔の話してどうするのよ。」
「他の国はどうするのかしら」
「延王は行くらしい。他は使者だろう」
「あー…あそこはそういうの好きだから」
「ああ?」
「じゃあ、ウチは宰輔も行くの?」
「いや、私だけの予定だ。」
「じゃあ服を用意しなくちゃ」
「お手柔らかにな」













巧州国の新王は登極して数年の間に基本的な統治を完成させたらしい。
仮朝からの移行、人員の整理、民の福祉、反乱の鎮圧。
その間じゅう玉座に座ることなく働いたという話から
容姿だけではなく昼と夜を司る王と民が評し歌にしたと楽俊が言っていた。

愛されている王だと少しはにかみながら彼が言った。妖魔も減って今年の米の出来もいいらし い。これで隣国も落ち着く。それ以上に海客の王が再び登極したとしかも自分と年が近いとい うのは何となくうれしい。と慶麒に言ったらため息を付かれた。






即位の日まであと数カ月。
どんな人なのだろうと思いを巡らす。



目に昼を髪に夜を携える女王。






「良き王女か」
「会ってみたい?」
「ああ」
「楽しみね」
「そうだな」



楽しみと不安…何より一抹の嫉妬





(まあ、会えばわかるか)






前を向くと二人の友がにこりと笑った