「様」
「なんだ?」
「帰ってまいりましたよ。傷だらけですけど」
「負け戦だったか?」
そういって筆を置く。ばあやの怒声を聞きながら私はよいしょと書いていた文を丸める。
「元親に送っておいてくれ」というとぱぁやは困ったようにはいはいと言って文を取る。これ で慶ちゃんが楽になればいいけど。まぁ、目下はそんなことより。
「様ぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
「五月蠅いわね。叩き殺すぞ。」
「真田幸村只今もどりましごぁっ!」
「父上。この馬鹿は怪我をしておりますがどうしてこう元気なんでしょうか?」
「…あまり」
「なんと、まぁ。盛大に負けられましたな」
「様っ!お館様は負けてっごぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
「謙信公まで…。ばあや。姉様たちに謙信公の方のお手伝いをお願いし来なさい。あと、佐助 」
「はいはい。」
「もう少し働けるか?」
「えー。俺様疲れ」
「働け。さもなければ埋める。村に使いを出して手伝いをお願いしろ。礼をはずめ。いつもの 所から出していい」
「俺様には?」
「私の拳でもどうだ?」
「行ってきまぁぁぁす」
「様は如何するのでござるか?」
姉様たちとお抱え医師半分で向こうはどうにかなるだろう。謙信公とは何度も戦場でお会いし ているけど恐ろしく礼節のある方だったから。(うちとは大違いだ)優しい物静かな皆さんで 何とかなるだろうけど。こっちは無理だ。絶対。現にみんな遠巻きだ。そりゃそうだろう。
「では私はこっちを」
「うむ。頼んだぞ」
「はいはい。みな参るぞ」
「はっ」
うちの医師団でもびくついてる。そりゃそうだろう。
ぐるりと首を回しながら一番傷ついている男の元へ行く。
筆頭とか周りが言うから多分こいつが伊達政宗だろう。
「さあ、のけ。邪魔」
「なっ」
「どうだ?」
「銃弾は貫通しておりますな。様手当いたしますので後は頼み申した」
「逃げるなよ」
「私だって恐ろしい方々より信玄公の方がいいのですよ。」
「まぁ、良い。で、何?」
伊達殿のよろいを除けようとした瞬間腕を掴まれる。あまり心地の良いものではないなと呟い て「のけ」というものの全く離す気配がない
「忠犬も時としては困ったものだな」
「何言ってやがる。だれかわからねぇ奴に政宗…うぉっ!!!」
「様。これ以上怪我人を作ってどうする気ですか」
「手を退けないこいつが悪い」
「様ぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ。幸村参上いたしましたぞっ」
「良かった。幸村。こいつらどうにかしろ」
「は?」
「あーあ。右目の旦那。この方に逆らったゃ駄目だぜ。この人こういうとき容赦ないから」
「佐助?」
「ぎゃぁぁぁぁ」
「だっ大丈夫でござるか?」
「なんだ、このアマ」
「ほぅ…殺されたいらしいな」
「様ぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
「ほら、旦那。謝ってっ!!!誰か姫止めてっ!!!」
「はいはい。様。いい加減にしないと奥方様呼びますぞ」
「う…」
「そこのお侍も悪い。様は何もこの方に害をなそうとしようとしたわけではないでしょ?とりあえず鎧を 脱がさないと。治療も出来ない」
「そう言やいいだろっ。は…姫?」
「何だ。男に見えるか?」
「若姫と呼ばれるくらいですからな」
「…おい」
「若姫。…まさか黒百合」
「知っているなら話が早い。私は気が短いから邪魔するなよ」
「う…」
取り合えずだ目の前の男の兜を除ける。鎧を退けていくと良くもまぁこんな傷で戦ったものだ と感心する。馬鹿だこいつ。絶対馬鹿だ。
「取り合えず。幸村、佐助。誰も殺すな。みな助けるぞ」
「御意」
「えー。無理でしょ」
「…死者一号は佐助でいいな」
「頑張りますっ!!!」
多分みな同じようなものだろう。誰も殺すな。ともう一度叫ぶと
皆がいつもと変わらないように返事をした。
01.紅の若姫と青の隻眼
一息つく。鎧の間は私と伊達殿しかいない。佐助の報告では運ばれてきたものは何とか皆命を 取り留めたらしい。そうかというと佐助は休みなよといつも通り気軽に言って部屋を出る。こ の男はこういう優しさを持っている。私が全く寝ていないのも今からひと段落つくまであまり 休まない事もそしてその後倒れるように眠ることもこの男は知っている。婆やとこいつだけ。 子供の時分から共にいる分、佐助は私の兄のような男だ。実の兄より兄らしい。ならば幸村は 弟というところか。身分のせいで最近そういう感じもあまりないが。
取り合えず、少し疲れた。
「…上」
「?」
「母…上…?」
「…ここは武田の城だ。」
「…そうか」
疲れたが、目の前の男を放ってはおけない気がした。何故だろう。それは分からない。けど、 取り合えずだ。額の手拭を代えてやる。気持ち良かったのか目を細めてにこりと笑う。子供の ようだ。再び寝たのか仕方がない布団を掛けて私は首をひとつ鳴らす。
「御免」
「右目か?」
「…政宗様は?」
「主は無事だ。まぁ日数は掛かるがな」
「そうか」
「まぁ休め。そこで寝ててもいいが。あっ、そうだ」
「?」
「薬を飲ますの忘れてた。…飲ませるか?」
「あ…ああ」
「口移しで」
「は?」
「まぁ、私がするか。いいな」
そういってぐっと着物を持った瞬間
喧しい赤ととりあえずそれを止めようとした黒とどうすればいいのか分からない青でこの場が 混沌としたのは言うまでもない