白無垢は母とばあやが作ってくれたもので、それが間に合って本当によかったと思いながら私はこの席に座る。ちらりと武田の来客を見る。よかった。ばあやちゃんと来たか。ああ、あんなに泣いて。まぁ、宴会迄我慢したのだから誉めてやろう。
伊達の方は、親族は御生母と弟のみか。ああ、仲が悪いのだろうな、先ほからの酌を拒否していたからな。
「honey」
「話しかけるな」
「つれねぇな」
「今は見せものだ。静かにしてろ」
「あのばあさん。確か」
「わたしのばあやだ。育ての母でもある。居て悪いか」
「そんなこといっちゃいねぇさ。うちだって小十郎や成実が座ってるからな」
「まぁ、肉親と変わらないんだろ?…幸村め。あれだけ静かにしろと言ったのに。」
「まぁ、いいさ。あんたさ」
なんだと言おうとした瞬間、お母上様の悲鳴が聞こえる。
血の匂い。何事だと思った瞬間息が止まった。
「ばあや?」
「毒だ!早く医者を」
「それより2人を」
「政宗様、大丈夫ですか?」
「様っ大丈夫でござるか?」
「?」
「退けっ。幸村!!!」
すぐに幸村が私の前へ立ったらしい。後から佐助がそういった。佐助も遠くからこの式を見ていたらしい。私はそんなこと全く覚えていない。ばあやが倒れた。ただそれだけだ。
なにより。ばあやがこちらを向いている。手を伸ばしている。
ただそれだけしか頭になかった。
「hey!。落ち着け」
「退け。殺すぞ」
「様」
「ばあや。ばあやっ!!!」
「……様」
男どもの手を離れて私は駆け寄る。式?白無垢?関係ない。
私の恩人で母で。その人が血まみれなのにこちらを向いて微笑んでいる。
血まみれになろうが私の頬に血付こうが知るものか。
ばあやばあやと言って私は彼女を抱きしめる。
まあまあ、お綺麗になってと的外れな事を云うので馬鹿ものと私は叫ぶ。
「もう、私は駄目のようです」
「私の子を抱くまで死なぬと言っただろう。さぁ、医者が来る。」
「…様」
「大丈夫だ。ばあや」
「お幸せに」
「何を言ってる?ばあや」
「…さあさ、着物が…汚れ…ま」
「嫌だっ!!!ばあやばあや」
「ああ、恐ろし…かったのに」
「?」
「私は果報…もの…です」
そこから私の意識はぷつりと途切れてしまったので、その後どうなったのかすら知らない。
眼がさめれば慣れない天井と幸村と佐助の顔。
嗚呼そうだとその顔を見て思い出す。逝ったかと聞けばはいとだけ返ってくる。馬鹿正直に返事しおって。
「今はあれからどれくらいたった?」
「ちょうど一晩。姫様?」
「伊達殿は?」
「伊達殿は今執務をされていると」
「着替える。服の用意を」
「ちょっ。大丈夫なの?」
「我が身内の不祥事だ。詫びを入れてくる。」
「様っ!それはお館様と某が致しましたし、何より伊達側の不手際が大きく」
「幸村」
「うっ…」
「それが人質が躬行しなければいけないことだ」
「姫様」
「佐助、それもやめろ。一応伊達家に嫁いだ身だ」
「…わかったよ。」
「佐助」
「ん?」
「ばあやはどうなった?」
「丁寧に埋葬するってさ。お館様が言っていた」
「そうか。幸村」
「はっ」
「国防を強化しろ。もしこの同盟が反故された場合、攻め入れ。」
「しかし、それでは」
「私のことは心配するな。では行ってくる。」
床を歩くときゅっと鳴く。その音を聞きながら従者に導かれた部屋へ行く。
何も考えずただ歩く。不思議と涙は出てこない。もっと泣くかと思ったがなと思いながら頭を伏せたまま伊達殿が来るのを待つ。畳の目が綺麗だな。自分の指先を見て少し血が付いている事に気がつく。拭いはしまい。ただじっとそれを見つめる。
「っ」
「殿…先だっては我が身内の不祥事」
「何を言ってやがる。あれは明らかにうちの」
「…お詫び申し上げる。」
「stop!何言ってやがる。詫び入れんのはこっちの方だ。お前の…」
「ばあやです。それ以上でもそれ以下でもない。伊達方はなにも?」
「え?ああ。うちは大丈夫だぜ」
「それはようございました」
「?」
「それでは武田との同盟は」
「おっさんと話したがこのまま同盟を結ぶ」
「…分かりました」
「。いつまでそうしているつもりだ?」
「…と言いますと?」
「その敬語と平伏だ。」
「殿が良いというまで」
「ちっ。楽にしてくれ。今日からここはお前のhomeだ」
「は…。」
頭を上げるとバツの悪そうな顔をした殿の顔が見える。のそりと立ちあがってそのまま近づいてくるのをただぼんやりと見つめる。悪かったなとだけ言って抱きしめる。何が悪かったのか?それすら私には理解できない。
「殿」
「なんだ?」
「幸村と佐助の件。ありがとうございます」
「いや…。付いてやれなかったからな」
「私はもう大丈夫です」
「そう…か?」
「ですのであの2人ももうお返しください」
「hmm....」
「あと、私の仕事は」
「ない。今のところは休んでいろ」
「解りました」
「」
「なにか?」
「なんでもない…」
「では失礼します」
そういって再び私は血の付いた指先を見つめた
07.紅の若姫と青の隻眼
「奥方様」
「なんですか?」
「俺にまで…そんなしゃべり方はやめて下さい」
「…まぁ、約束は殿にはということだったしな。なんだ、右目」
「今日から奥方様付きの」
「その奥方様はやめろ。肩がこる。こういう時はでいい。」
「では様」
「…敬語もやめろ。気持ち悪い」
「はぁ。様。ここだけは譲らねぇぞ」
「仕方ない。でなんだ?」
「こっちは俺の姉で喜多という。今日から様付きの」
「侍女はいらんぞ。自分のことくらい自分でできる。」
「そういうわけにはいかねぇ、侍女だ」
「この忠犬が。少しは丸くなれ」
「うるせぇ。性分だ。それと」
「なんだ?」
「様の体のことだ。世継がいる。悪いが側室を一人入れる。」
「ああ、好きにしてくれ」
「…いいんだな」
「先ほど殿に抱きしめられた時ちらりと香の匂いがしたのでな。いい人や御手付きがいれば側室にあげろ。跡取りは必要だ」
「わかった。」
「というわけで。もういいか?」
パタリという音。襖を閉めると気丈な姉の額に光るものが見える。
仕方がない、「大丈夫か?」と問えば「大丈夫なわけないでしょ」と返ってくる。
「あれが様」
「まぁ、二三年前まではこの戦国の世を一人で旅された方だからな。」
「そういうことを言っているわけではありません。気が付いているのでしょ?」
「…」
「あの目は人がする目ではない。あんなに闇を湛えた眼、私は知らないわ。」
「俺は…」
「え?」
以前一度見たことがあると呟く。姉は怪訝そうな顔をして、気がついたらしく少し困った顔をする。
「殿も殿です。お倒れになった奥方様をほっておいてあのような側女に」
「いうな。あの人も不器用なんだ」
「…明日から頑張ります」
「頼んだぞ」
「ええ」
そういうと姉は少し癖のある笑みをこぼした。