自分でよくわかる。すごい顔をしているはずだ。
片倉姉…はいつも通りなのだが「右目…転職するのか?」と思わず聞いてしまった。仕方ない。どこからどう見ても農夫だ。侍の…ましてや龍の右目がする格好ではない。
眉間に皺が寄っていたらしくそんな顔するなと叱られた。が、いつもより心なしか優しい。
「なんだその格好?」
「城の外に出るか?」
「は?いいのか?」
「今日は畑で収穫がある。手伝え」
「…収穫?」
「このものの趣味です。」
「趣味?」
「早くお召し替えを。男物の服で汚れてもいいような物に」
「いいのか?…もし、なにかあったら」
「なにもないし、何もしねぇ。」
「…馬は自分で走らせるぞ」
「ああ。但しついて来てくれよ」
そういって私は服を着替えて右目の用意した馬に乗る。良い馬だ、とポロリとこぼすと綱を取るものが嬉しそうに破顔する。「貴公が世話をしているのか?」と尋ねるとただただ平伏される。
「あまり頭を下げないでくれ。私はそういうのが好きではない。」
「はっ」
「様もそういってんだ。顔をあげろ」
「はっ!」
「良い馬だな。此処の世話は全て貴公が?…名は?」
「へい。平吉といいます」
「伊達の馬が強いわけだ。また寄らせてもらってもいいか?」
「もっもちろんです」
「すまんな。右目。待たせた。行こう」
「…」
「どうした?」
馬に乗ると素っ頓狂な顔をした右目がこちらを向いている。なんなんだ?と言えば別にとだけ返ってくる。腹が立つが馬を傷つけるわけにはいかないなとぼそりと言って「無事に帰させてもらうよ」と言うと平吉はあの笑顔で再びはいと言った。
「…これはこれは片倉様」
「今日は手を連れてきた。」
「この御仁は?」
「政宗様の御正室、様だ」
と右目はいう。バカ者が、皆引いているだはないか。と思いっきり背中に蹴りを入れる。
何しやがると叫ぶ右目を尻目にそんな大層なものではないから何でも使ってくれというと、老人ははははと笑う。
「傑物ですな」
「さてね。何をしようか?」
「あそこの宇根からこちらまで収穫するのです。」
「ああ。うまそうな野菜だ。」
「収穫出来たら…おっと」
「おっ…」
「お前たち向こうに言って。あーーーーっ!!!御服が」
「構わんよ。汚れても良いものを着ているし、子どものすることだ。何も叱ることでもあるまい。老爺。ここの子供たちは貴殿の孫たちかな?」
「いかにも」
「良く笑う。良い子らだ。奥州の子は楽しげに遊ぶのだな」
「ははは。今日は暖かいですからね。信州の子等はどうですか」
「…騒がしい位に遊ぶな。どこの子も同じか。それだけこの国は満たされておるのだな」
はいという老爺は静かに笑う。ちらりと右目を見ると再び変な眼でこちらを見る。何なんだ?と言えば「片倉様もちゃんと言葉にしないといけませんよ」とだけ老爺が言って畑へ向かう。
「言いたいことがあれば言え。」
「…別にない」
「ならその変な顔をやめろ。皆が気味悪がるぞ。ただでさえ普通より恐ろしい顔しているのだから」
「様っ!!!!!!!」
「ははは。では手伝うか」
野菜の収穫という以前に何故か孫たちに懐かれる。遊んでいていいですよと母親らしい女性に言われて、そのまま畑の裾で遊んでいると休憩ですという声が聞こえる。
「そなたらの母君は美しいな」
「えーーー」
「姫様の方が綺麗だよ」
「ははは。そなたらもそのうち分かるさ」
「うちのおかぁなんて」
「こらっ!!!聞こえてるよっ」
「ほらほら。母君が御怒りだ。雷が落ちる前に行くとしよう」
「「はーい」」
そういって右手に兄左手に弟の小さな手。可愛らしいな。と微笑んでいるとパッと手を離されて駆けだされる。
「これ、あまり急くとこけるぞ」
「僕姫様におにぎり渡すの」
「僕お茶」
「こらっ手が汚いのにっ!!!そんなの姫様は召し上がらないわよ」
「「えー!??」」
「いやいや。こんなに美味しそうな握り飯は初めてだ。頂こう。」
「ホント?」
「ああ」
「様。泥が付いておりますぞ」
「そんなもので腹など下すか。ありがとう」
「「どういたしまして」」
差し出された握り飯をほうばった瞬間、無性に泣きそうになった。
ここも信州と変わらない。領地が満たされている。だからこんなにも皆が生き生きとしているのだな。
そう思いながらふと視線に気がつく。
また例の変な顔。ハハハと笑う。声を出して笑ったのはここにきて初めてではないだろうか?
「様」
「すまん。小十郎。貴殿の顔酷いぞ」
「!」
「どうした?」
「初めて名を呼んでくれましたな」
「あー…右目の方がいいか?」
「いや、どうぞそのままで」
「姫様〜」
「あっ。殿さまだっ!!!」
子供らの声でふと顔を上げた瞬間小十郎の大きな手で目を隠される。というか顔の半分が覆われる。
馬鹿ものが。
「大丈夫だ。匂いと声で大体の状況はわかる。」
「…」
「手を退けよ。子等が驚いておるだろう」
「いや…」
パッと手を離されると子供たちがいない。
何処へ行ったと尋ねると小十郎は何とも言えない顔で殿の方を指差す。
(流石奥州の子。)
(恐れをしらん猛者ばかりだな)
09.紅の若姫と青の隻眼
「様」
「なんだ喜多」
「やっと」
「あ?」
「やっと私の名を…っ!」
「この兄弟は」
「これから私と小十郎が食事を作ります」
「いや…いい。」
「は?」
「ここの者たちを信じていなかった自分が恥ずかしい。後で賄い方へ行く。共を頼む」
「はっはい」
「あぁあぁ。泣くな。化粧が取れるぞ」
「いいえ。やっと」
「といっても嫁いでまだ10日位だぞ」
「喜多には何年と経っていたような気が」
「はははは。大袈裟だ」
「これで殿とも」
「…」
「様」
「殿は殿は。これはこれだ。喜多よ」
「はい?」
「私はな。国家領民の安寧のためには尽力するが、人質であるという考えは変わっておらんよ」
「なんでですっ!」
「そう叫ぶな。大体、私を好きになるモノ好きはそうはおらん。その上」
「なんですか」
「殿は私なんぞ目に入らんらしいぞ」
「そんなことないですっ」
「まあまあ。血圧が上がるぞ。」
「…喜多は決めました」
「は?」
「様のお荷物の反物を至急仕上げますぞ。素材がいいのです。徹底的に磨きますぞ」
「げ」
「お母上にもそう言付かっておりますっ」
「………あの母上っ!!!」
(何故か喜多が母上をパワーアップしたものに見えて仕方がない。)
(こういうものは絶対止まらないという事を長年の経験で知っている自分も可哀そうだと思う。)