「…出来ましたぞ」
「喜多よ。足が出て寒いのだか」
「何を言うのです。魔王の妹なんてもっと短いらしいじゃないですか」
「…戦場に出ぬそなたがなぜ知っている」
「蛇の道は蛇です」
「それはそれは…恐ろしい道もあったものだな」




そういいながら袴をはこうとしたら笑顔で止められた。私はこの笑顔を知っている。
ただただ溜息をついて今日だけだぞと釘をさす。
あの日から伊達の城を自由に行き来出来るように小十郎が計らってくれたので毎日どこかに散策に出る。
今日は庭にでも行くかというと喜多がはいと笑顔て言う。存外いい奴なのだがなと聞こえないようにぼそりと言ったのに聞こえておりますよと返ってくる。母上の親戚か何かかと疑いたくなほど良くに居てる。嫌なところだけ。本当に。




「あら、政宗様。今頃ご起床ですか」
「…」
「おはようございます」
「my goodness!honeyか?」
「はい。お荷物から喜多が作りましたの」
「喜多」
「はい?」
「good gob!」
「ありがとうございます。」
、良く似合ってるぜ」
「殿も」
「ha?」
「その首にある痣が良くお似合いで」








そういうと凄いスピードで首を押さえる。逆ですよと言ったらまた同じスピードで押さえる。後ろで乾いた笑顔の喜多がいる。ああ、恐ろしいなと思いながら私に笑顔のまま殿の方を向く。






「では。お早ようご政務に」
「…ちょっ」
「さあ、喜多行こうか」
「はい。」








なんともいえんな朝から。と言えば喜多があのようにお育てした覚えはないのですがという。別段そなたを責めているのではないよと言えば何故か凄い顔で何かをけたたましく叫び始める。ああ、喜多よ。そんなにすごい速さでしゃべると何を言っているのか分からないよ。と言えばいまま以上の速さで叫ぶ。よく舌が回るものだ。


「…様」
「なんだ?」
「多分私が叫ぶのではなくあなた様が叫ぶのでは」
「…何故だ?」
「毎晩側室のところばかり!!!」
「ああ。声がよく聞こえるからな」
「は?」
「睦言というのか?ああ、そういうやつだ。」
「政宗様ぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!!」













喜多がすごい速さで走っていく。ああ、止められない。私には無理だ。と思いながらそっと手を振り目的の場所へと歩き始める。途中で小十郎にあったので詳細を伝えると同じように走っていく。よく似た兄弟だ。







「梵の寿命縮んじゃったね」
「ああ。まぁ、私は知らんが。」
「まぁ、自業自得だし。そういやちゃんが来てひと月?」
「ああ。」
「何?イメチェン?」
「あ、これか。寒くてかなわん」
「良く似合ってるよ」
「ありがとう。喜多が喜ぶな」
「あー…喜多様のせいか。化粧も?」
「ああ。早く取りたくてかなわん」
「本当に化粧っ気ないよね」
「五月蠅い。で」









何と成実殿が言うのでどうなったんだとだけ聞く。何がと小首を傾げるな。可愛くないぞというと。ぶーぶーいう。姦しい男だ。






「私もそこまで馬鹿ではないよ。」
「…俺が言ったの秘密だぜ」
「ああ。」
「多分御生母様だろう。」
「…」
「弟君もかかわっているらしい」
「荒れるな。」
「ああ。」
「殿はどのようにお考えだ?」






といった瞬間叫び声が聞こえる。何かと振り返った瞬間真っ青になった喜多が走ってくる。




「政宗様がっ」
「梵が?」
「成実殿っ!喜多を頼む」








まさかと思っていたことが起こったのかもしれない。私は出来るだけ早く騒ぎの中心へ駆けていく。と真っ青で指図をする小十郎とただ茫然とする側室。そして






「独眼竜っ」











血まみれになった彼の人の姿。








様っ」
「医者は?」
「今呼んでいます」
「御側室を部屋に。小十郎っ!!!貴様が動じて如何するっ!皆、動じるな。賄い方を呼べ。これを運んだ侍女もだ」
「それが…」
「どうした」
「御生母様からの膳なのです」
「っち。」
様っ。」
「御生母様と弟君を拘束しろ。奥の間にお連れするんだ。自刃さすな。賊が入ったからだと言え。丁重にお連れしろ」
「はっ」
「喜多、そなたがそばにつけ。成実殿もだ。」
「私はっ」
「今は聞いてる間がない。小十郎吐かすぞ」
「御意」
「医者はまだか?」
「何故か皆で払っております…」
「くそっ」
「悲しきは宿命…か。小十郎」
「なんです」
「水を持ってこい。」
「は?」
「効けばいいがな。貴様も最後の言葉が小言では嫌であろう」





にやりと笑うと小十郎が頷く。取り合えずだ。ばあやの毒と同じならばいい。佐助が持たせてくれた薬がこんな形で日の目を見るとは。それにしても




「死ぬなよ。独眼竜。死んでくれるな」
様」
「水は?」
「ここに」





竹の筒を取り口に含む。苦いな。良薬口に苦しとは正にこのことだ。
そう思いながら私は初めて殿に口づけをする。





それは悲しくも鉄の味がしていた

















10.紅の若姫と青の隻眼










「もう大丈夫ということです。」
「そうか…よかった」
「では私は殿の傍へ行きます」
「…あなたの自作自演ということはないのかしら?」




離れに押し込んだ血縁者に次第を話す。小十郎が行くと言ってきかなかったが私が行くべきだろうと一人でここにきている。といっても横の部屋には2人が控えているのだから居心地が悪いのは私ではなく2人の方だろう。



「と言いますと?」
「御夫婦とは名ばかりと聞いていますからね。」
「それは…そうですね」
「敵方の殿をなき者にせんとしたのか?!人質の分際で」
「毒を使ってですか」
「ええ」





横の部屋で2人が動く気配がする。ははは。私もまだまだ若いらしい。達観するのはまだ先の話だなと内心で思いながら殺気を垂れ流しにする。押さえる必要もなかろう。目の前の老婆と戦場に出たことのない若造にはこれで十分だ。




「言葉を慎め。殿が亡き者とは如何なる了見か」
「は?」
「今ご無事だと申し上げたばかりであろう?」
「それはっ」
「御無事で何よりというところであろう。大体、毒?戦を知らぬ者が言う言葉だな」
「っ」
「我が父は武田信玄。その親衛騎馬隊隊長を賜っていた私が毒などとちゃんちゃらおかしいわっ。もし殿の首掻くことあらば一対一で手合わせして頂く。それが信州武田軍の誇りだ。その誇り汚すものならばお相手仕る」




















パタリと障子を閉めると真っ青な顔をした2人がいる。どうした毒気に充てられたのか?と尋ねると様がよく分からなくなりましたと喜多に言われる。もちろん小声で。
はははと取り合えず笑ってごまかして殿は無事だぞとだけ伝え、肩を鳴らしながら側室の部屋へと歩く。ここが一番骨が折れる気がする。
案の定私がご看病をと言い始めたのでそれを丁寧にお断りして部屋を退室する。その時間約半刻。殿の休む部屋へと帰った時には小十郎がお茶と握り飯出迎えてくれた。





「長かったですな。それにお二人を本気で殺そうとなさって」
「なぁに。驚かせただけだ。ここの血の気の多い殿と違って弟は小市民だな」
「本当に…」
「ん?」
「何とお礼を言っていいのか」
「ああ。礼なら佐助に言ってくれ。あれがこの薬を持たせてくれたんだ。」
「忍びがですか」
「ああ。ああ見えた私の兄のような存在でな。目をかけてもらっている。」
「今度何かお礼をしなければ」
「なら野菜を送ってやってくれ。」
「は?」
「暴君を主君に持つ同士小十郎と佐助は何となく似ているよ。」
「暴君ですか」
「違うか?」
「相違ありません」
「はは。お互い大変だな。で殿の眼は覚めたか?」
「医師からは毒気も抜いているので大丈夫ということでしたが」
「小十郎」
「は?」









この件、殿に言うなというとそれはと返ってくる。忠臣め。惨劇になるぞというと少し黙って善処しましょうと返ってくる。





「私も母に殺されかけた身だ。」
様」
「殺したいほど憎くても母は母なのだ」
「…そうですね」






額にかかる手拭に手をかける。
熱があるな。可哀そうにとその黒い髪をさらさらと撫でた。